
『お、おれは! おれさまは! さ、さ最強の男だァァァァァァァァァァ!!!』
その叫び声は密閉された狭い風呂場内に響き渡った。
サツキは体をビクリと反応させ、ユノの腕からするりと抜け出してプラスティックの桶の中に隠れた。
ユノも突然のことに驚き動揺したが、学習能力を働かせ、二回目のそれが右手首の機器から発せられる前にそれらしいスイッチを押した。振動はピタリと止まり、風呂場に一瞬の静けさが訪れる。
「ん、繋がった! 繋がったわ七葉ちゃん! おいでおいでっ!」
騒々しいメガネ男の録音音声に代わり、ルルカの声が風呂場に反響する。
「聞こえる? もしもーし、おーい」
「……なあ、着信音だか何だか知らんが、本当にびっくりするから勘弁してくれ」
ユノは深く吐息をついて、電話で喋る時に扱うように右腕のそれに向かって話しかけた。
「ん。聞こえてるのね? 傷は大丈夫? どうなってる?」
ルルカは言った。会話をキャッチボールに例えるなら投げたボールをキャッチせず新しいボールを相手に投げ返すような受け答えである。
「傷? あー、脇腹のか。それが驚いたことに跡形も無く消え去ってるんだ。どういうことなんだこれは? そっちの世界で怪我してもこっちの世界では無害なのか?」
「んーと、それを説明するにはまずキミの世界の人間がこっちに来るときの仕組みをすこし詳しく説明しなきゃならないんだけど?」
「仕組み?」
「そう。仕組み。キミがこっちの世界に来てるとき、"キミの体"はどこに存在してると思う?」
「え? そりゃあそっちの世界に……あー。言われてみればどうなんだろ。一応夢みたいなモンだからこっちの世界にあるのか? あれ、実際どーなってるんだ?」
「……結論から言えば、体はキミの世界とこちらの世界、両方に存在することになるの。私も詳しくは知らないんだけど、キミがこっちの世界に飛ばされてくるときに体が動かなくなるんでしょ? その時にこちらの世界でキミのイメージによってキミの体が創られて、その後に精神意識がその中に入り込むらしいの。体を入れ物に例えるなら、こっちでつくられる入れ物とそっちの世界の元々の入れ物に、その中身である意識だけが世界が移動してるわけで……」
「ちょっと待て、えーと……よくわからん」
「でしょうね。んー。まぁ要するに、話を戻すと、こっちの世界で活動しているキミの体は一時的につくられた――まぁコピーみたいなものだから、基本的には怪我をしてもそっちの体には直接影響ないってわけ」
「あーうん。それならなんとなくわからんでもない。……あーなるほど、だからお前は安易にビルからオレを突き落としたりバイオレンスなメガネ男の前に突き出したりするわけだ」
「まぁーね。あ、でも死ぬときはちゃんと死ぬからね」
「え?」
「え? じゃなくて。だからこっちは出血多量でお亡くなりになってないか心配してこーやって通信してるんでしょ。怪我するのと死ぬのは別問題。死ぬと精神意識そのものが消え失せるわけだからね。そっちの世界にある体に精神が戻らなくてご臨終になるわけ」
ユノは軽く身震いがした。裸のままで会話していたということもあるが、ルルカの危険過ぎる行動には何の保険もかかっていないという事実に寒気がしたのだった。
「まぁ、無事で何よりだったわ。何回か連絡取ろうとしたんだけど、全然キミ応答しないんだもん」
「え、連絡取ろうとしたって? ずっと寝てたんだが、さすがにあんな着信音が鳴ったら飛び起きるぞ」
「あれ、説明してなかったかしら? こっちの世界からキミの世界に戻った後の無意識継続時間は睡眠とは別よ。脳内での情報整理及び記憶的矛盾の補完、使用精神エネルギーの回復を待つ時間なわけで……」
「ストップストップ! 何言ってるかさっぱりわからん。簡潔に頼む」
「えー、このくらい理解しなさいよ全く。んーと、キミのプチトマト的脳みそにわかるように説明すると……こっちの世界でキミが使った力――あのめちゃくちゃ強くなったりする力を使って疲労した脳を回復させる時間、と言えば解かるかしら?」
「……何となくは」
「よし。今回目が覚めた時キミの世界の時間でどのくらい時間が経ってた? 前回のメガネの彼の時より長く時間が経ってたでしょ? それは、今回キミが膨大に精神エネルギーを消費したからその分疲労回復に時間がかかったってわけ。
おわかり?」
「おー。そういうことか。……ん? でもそれだと結局、そっちの世界の時間の長さってこっちとは違うってことになるよな」
「うん。実際違うし。正確にはわからないけど、相対的に見てこっちの時間の方が圧倒的に流れが早いことになるわ」
「やっぱり違うのか。ふむ……ぶぁっくしょん!」
ユノは一通りルルカの言うことを理解すると大きくクシャミをした。夏とは言え裸のまま話を続けていれば当然体は冷える。
ユノが現在自分が水風呂上がりで裸であることを伝えると、ルルカはそういうことは先に言いなさいよ、などと動揺した様子で言い通信はすぐに途切れた。
結局何を言いたかったんだアイツは。ユノはそう不満を抱きながら再び大きくクシャミをした。